《延ばされた円舞者》の再演と「生演奏」の意味について

演奏|Performance

新型コロナ禍で全世界の生演奏が止まってしまいました。聴くことができるのは従来の録音と録画、デジタル配信ぐらい。しかしこれは20世紀から発展した「音楽を後からどこででも聴くことができる」技術による賜です。ですからウイルスによって音楽が中断したとは言い難く、既に人類はこんなことが起こっても音楽を安全に享受する術を持っているのです。これは本当に素晴らしいことです。

にもかかわらず、私のSNSのタイムラインでは「どのように音楽を再開するか」「どうすれば安全に舞台を実現できるか」という話題がひっきりなしに流れてきます。主に音楽を発信する側、つまり演奏家や演奏団体からの発言が多い印象です。SNSのつながり方によって情報は偏るので一概にいえませんが、音楽の享受者、つまりを聴く側の人々との温度差が少しあるように思えます。つまり先に述べたように、生演奏でなくてもとりあえず音楽を楽しめる余地はあるので、もともと演奏会に出かけることが日常にしみ込んでいて、それが生活の、あるいは人生の一部であるともいえる人たちを除けば、享受側は実はそれほど切羽詰まっていないのかもしれません。

しかし「次の時代の音楽を引き継ぐ場所」は、一部のエレクトロニクス系を除けばやはり生演奏の現場でしょう。音楽は少し見方を変えると人的交流文化の一つなので、それを電脳世界が取って代わるには限界があります。ニコ動はうまくやりましたが、それは交流チャンネルを一つ増やしただけで(それだけでも凄いことですが)音楽における人的交流的なシステムを根本から変えたわけではありません。YouTubeのライヴ配信なども同様です。

音楽家、つまり音楽の発信者側がなんとか生演奏を再開したいと考えているのは、もちろん職業的危機という現実問題もあるとはいえ、基本的に音楽家の生理として「演奏してなんぼ」という感覚があると思います。ここで私がいう「演奏」というのは人的交流、つまり「演奏したその場でのリスナーの反応を感じる」ということです。多くの演奏家がマイクを新調しウェブカメラを繋げネット配信をしても、演奏に没頭したテンションの名残の中でリスナーからその反応を最大限かつダイレクトに受け取ることはネット上では限界があります。演奏者もリスナーの生の声は聴きたいものです。そして本来そのような体験が音楽家の次のステップに繋がるということを考えると、ネットの音楽配信のみでは音楽文化の展開は止まってしまう。だから生演奏の公演は発信者と享受者の双方にとって将来に亘って質の高い、常にモチベーションを持続できる音楽文化を絶やさないためにはとても重要なはずです。

私自身は演奏家ではなく作曲家なので、上に書いたことはもしかしたらどこかずれているかもしれません。作曲家も音符を書いて(人を介して)演奏しているのだと考えると、そういうことなのだろうと半ば想像しながら書いています。また私はネットでの配信が中途半端とか音質が悪いとかリアリティがないなどとネガティブに捉えているわけではなく、これを機会に配信のクオリティと可能性がさらに開拓されれば、もっと面白いことが音楽界全体から起きないかな、と期待しているひとりです。20世紀に「録音技術」が実用化されても生演奏による公演がなくならなかったのは、録音媒体と従来の公演がお互いに補完し合い幸せな関係を築けたからであって、当然ネット配信もそれにあたりうると思います。だからこそ生の公演は相変わらず重要であり、それなくしてネット配信もあり得ないとさえ思うのです。ついでにいうと、東京で行われているほとんどのコンサートの様子が分からなかった地方在住者にとって、それらがこのたび一時的にでも配信されるようになったことは、配信する側の大きな努力や犠牲があることも承知の上で非常にありがたく、できればこれが「普通」になって地域格差を緩衝してほしいと切に願うわけです。

さて、まだまだ油断できない新型コロナとはいえ県をまたいだ往来も比較的やり易くなり、ここのところオケやアンサンブルを中心に「営業再開」の話が聞かれるようになってきました。それぞれ対策の仕方などが違うようですが、試行錯誤でだんだんと生演奏のための「標準的な対策法」が見えてくるのかもしれません。そんな中、私の作品もありがたいことに久しぶりにライヴ演奏されることになりました。常々私のソロ作品を演奏してくださっているサクソフォーンの加藤和也さんが、やはり手中に入っている《延ばされた円舞者》を広島のギャラリーで演奏されるとのことです。同日に4回ある公演のうちの最後の部です(しかしこれは各回短いとはいえ一日で演奏するのも大変な内容だと思います)。

手嶋勇気 個展 ひろしまスケッチ
加藤和也 サクソフォン ショートコンサート “ダンス – dances”

■開催日|2020年7月5日 (日)
■開演時刻|①14:00- / ②16:00- / ③18:00- / ④20:00- (各回 25-30分)
■会場|gallery G 広島市中区上八丁堀4-1公開空地内
■鑑賞料|各回 1,000円
■定員|各回 10名(要予約)

①14:00-
 昼下がり・バロック – dances for early afternoon from Baroque
 ・J.S.バッハ (1685-1750)
   無伴奏チェロ組曲 (ca.1720) より
 
②16:00-
 夕方・ルネサンス – dances for early evening from Renaissance
 ・J.v.エイク (ca.1590-1657)
   笛の楽園 (pub.1646-1656) より
 
③18:00-
 夕暮れ・タンゴ – dances for sunset from Tango
 ・A.ピアソラ (1921-1992)
    タンゴエチュード (1987) より
 ・C.ガルデル (1890-1935)
   首の差で… (1935)
  他

④20:00-
 私たちの夜 – dance for night from our time
 ・G.シェルシ (1905-1988)
   3つの小品 (1956)
 ・山本裕之 (*1967)
   延ばされた円舞者 (2017)

 ・L.ベリオ (1925-2003)
   セクエンツァ 7b (1969/1993)

⋯⋯実は単に演奏会告知をしようと思っただけなのに、気付いたらこれまでで最も長い駄文を書いてしまいましたね。