《細胞変成効果》改訂初演

CytoPathic Effect for Britone and Tuba (2017/21) will be performed by Teion Duo: Takashi Matsudaira (baritone) and Shin’ya Hashimoto (Tuba), at small hall, Suginami Koukaidou (Tokyo), on May 19th, 2021.

珍しく変なタイトルの曲ですが(珍しくもないか)、ウイルスによって正常な細胞が変形・変質してゆく現象をこういうのだそうです。作曲した2017年当時はいまほどウイルスというものを身近に感じることはなく、せいぜいインフルエンザやノロと思うぐらいでした。「風邪の原因の多くは細菌ではなくウイルス」と病院の待合室の張り紙で知ったのは最近です。

冒頭から話がずれましたが、つまりこのタイトルは曲の本質と関係がなく、「CytoPathic Effect」、つまり「CPE」から連想したものでした。この曲にはC.P.E.バッハが二重に関わっています。一つは彼の書いた『30の宗教的歌曲集 30 Geistliche Gesange mit Melodien』第2巻(1781刊)から《復活祭の歌 Osterlied》を適宜引用していること。もうひとつは歌われるテキストに、彼が著した『正しいクラヴィーア奏法 Versuch über die wahre Art das Clavier zu spielen』第2巻(1762刊)から、アンサンブルをうまくやるコツに関する記述を用いていることです。

この曲のテーマは「アンサンブル」です。演奏される低音デュオのお二人(松平敬橋本晋哉)は、アンサンブル能力がずば抜けており、普通に何を書いても安心できるので作曲家にとってはとても有り難い存在なのですが、この完璧なアンサンブルを意図的に乱す(つまりわたし的にいうと「歪む」)ことが作曲上のアイデアでした。こう書くとなんだか演奏家に失礼ですが、C.P.E.バッハからの引用も相まってアンサンブルが成立する/しないの境目はなんだろうというのが私の興味だったわけです。初演では、コンピュータを通した音にランダムなディレイがかかり、それを相手が聴くことによってアンサンブルが噛み合わないように誘導することを狙いました。携帯電話で一緒に歌を合わせることができない、というのと同じです。しかし低音デュオは慣れてくるとそれでもだいたい合わせられるようになってしまう(!)らしく、また普段あまり電気が関わる作品をやらない彼らにとって「再演しづらい」作品になってしまうことから、パソコンを使わないでこのアイデアを実現する方法はないかと相談されてました。そこで今回は楽譜に不確定性もどきを導入し、互いが相手を直接的に撹乱させるような仕組みにしました。ここでその仕組みをいちいち説明すると白けるのでやめますが、この不確定な箇所は「アンサンブルをうまくやるコツ」を説いていたC.P.E.バッハが書いた《復活祭の歌》を引用した部分です。

なお、この曲は別の見方をすると「『正しいクラヴィーア奏法』のテキストが《復活祭の歌》に浸食してゆく」ようにもみえるので、その意味では「ウイルスによって正常な細胞が変形・変質してゆく」様を表していなくもない、とちょっとこじつけっぽいですが、「細胞変成効果」というタイトルがまったく語呂合わせやダジャレというわけではない、という言い訳をしておきましょう。

低音デュオ第13回演奏会
2021年05月19日(水) 19:00
杉並公会堂・小ホール

【プログラム】
伊左治直《腐蝕のベルカント》(2021) ※委嘱、世界初演
夏田昌和《歌われない言葉》(2021) ※委嘱、世界初演
山本裕之《細胞変性効果》(2017/21) 改訂初演
守屋祐介《澱河歌三首》(2020)
高橋悠治《明日も残骸・しいんと・ぼうふらに掴まって》(2018)
伊左治直《羊腸小径》(2020)
野村誠《どすこい!シュトックハウゼン》(低音デュオポップソング No.5:2021) ※委嘱、世界初演 ※曲順は変更になる場合があります。

出演:低音デュオ 松平敬(歌、バリトン) 橋本晋哉(チューバ、セルパン)
主催:低音デュオ

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