《マショー三態》のダブルベル・トロンボーン版と「再配置」について
金管楽器には「ダブルベル」という変則技があります。基本的に金管楽器は、複数の管を組み合わせた機構でできており、分岐することによって音の出方を変えるという楽器なので、その分岐に細工をするというわけです。
たとえば現代のホルンでは、「F管」と「Bb管」が一つの楽器に兼ね備えられてあり、「チェンジレバー」によってその通り道を切り替えることによって、音や音域の選択を拡げる仕組みとなります。
そのような「一方の管」にもう一つ違うベルを挿す、という魔改造が可能なのが金管楽器というやつです。2010年にチューバの橋本晋哉さんの提案によって、はじめてそのような楽器のために曲を書きました。
この曲は14世紀の作曲家、ギョーム・ド・マショーの3つの作品をピアノとダブルベル・チューバのために編曲(リコンポジション)したもので、昨年も橋本さんによって再演していただいています。
そのときに会場にいらしたトロンボーンの村田厚生さんが、自分も演奏してみたい、と申し出てくださって、当然トロンボーンでもそのような「ダブルベル可」が可能ですから、一部の音域の変更など最小限の修正を施してこのたび演奏していただくことになりました。ピアノは盟友、中村和枝氏です。実に大舟に乗れる布陣です。

ちなみに村田さんのツイートがこちら。
「イソリズムをデュアル・ベルのトロンボーンとピアノに再配置」。この曲の特徴というか作曲法、あるいはアイデアが至極端的に言い表されています。他の曲も含めて私はこの「再配置」ということをずっとやって来たような気がします。複数の旋律(パート)がパズルのように組み替えられて、一度バラバラになり、聴き手の耳の中で再統合される。そのような「仕組み」を意識的に導入するやりかたです。
昔、一度だけステージのパイプオルガンを弾かせてもらったことがあります。頭上に配置された無数の管から、バラバラに音が降ってきた体験は衝撃でした。客席ではなぜかそれが一つの楽器から聞こえるのに、弾き手にとっては無数の分割された管の音です。実はピアノでさえ、本来は別々の弦とアクションが88組並んでることを考えると、弾き手はそれをあたかも一つの楽器のように統合しながら弾く、聴き手は一つの楽器と思わされて聴いている、ということになります。それを作曲上で実現するのが私の上記の作曲法といえるのかもしれません。
そして《マショー三態》は、既存曲に私のこの作曲手法を当てはめた、という具合です。その結果、どのように聞こえるのかについては、石塚潤一氏がチューバ版の再演について、「人面疽」というメタファーを用いて言及されたnoteの記事をご参照ください。
何はともあれ、10月23日は代々木上原のムジカーザへGoだ。
