古民家でコンサート(公演の付加価値とは)
Saxophone the Relay and Die Passion der Matthäus-Passion will be performed in an old house in the ancient capital of Nara.
COVID-19は全然おさまってませんが、去年に比べて本番がありがたいことに増えています。チラシのものは、何度も私の曲を演奏されている広島のサクソフォン奏者加藤和也さんと、私が勤める愛知県立芸大に以前院生として在籍していた(やはり広島出身の)岡田智則さんのお二人による電気公演です。私自身は企画者ではなく、この公演のいきさつを知らないため想像で書きますが、奈良市奈良町の古民家にケーブルを這わせるこのコンサートは、いうまでもなく「古民家」という古きものとエレクトロニクスというテクノロジーのマッチングをアイデンティティと設定しているのだと思います。
なんとなく既視感があるなと思ったら、私がもうかれこれ20年近くピアニストの中村和枝さんと続けているclaviareaの活動と共通するものがありました。claviareaはときどき神奈川県の葉山町で公演をやらせていただく機会があるのですが、葉山は関東のリゾート的なイメージがありつつも実は首都圏からは微妙に行きにくい場所です。東京から横須賀線(または京浜急行)で1時間あまりかけて逗子まで行き、そこからバスに乗って2〜30分です。そう書くと時間的には大したことなさそうですが、バス路線がけっこう渋滞したり、葉山に着いてからの移動の便も悪かったりして、優に一日がかりの小旅行になります。東京の都心からならまだ良いものの、千葉や埼玉、東京北部や多摩地区などに住んでいる人にとっては少しは気合いを入れないと行けない場所といえましょう。そういうところでコンサートをやる場合、地元以外の人にただ「コンサートをやるから来てください」では申し訳ない。そこで、ついでに葉山で遊んでいきませんか? というリゾートのイメージを間借りした付加価値をつける必要があります。claviareaでは現地の「葉山芸術祭」の協力を得て、旧東伏見宮別邸や旧加地邸*といういわゆる歴史的建造物などを会場にして、東京では得られない空間体験の提供も意識したりしました。実際お客さんの多くは地元の人が多いようなのですが、やはり興味を持って遠方から来られる方もちらほら見られました。そういう人にとっては東京のコンサートでは得られない非日常的時間を過ごすことができたのではないかと思います。中には建物目当てで来られるような方もおり、そういう人にとってはコンサートの方が付加価値になりますが、別にそれでも良いのです。そのような場や機会を設定することも含めて「公演の企画」だと思っています。
*加地邸は現在宿泊施設になっています
この奈良町の公演も「古民家」という非日常空間でやることを前面に押し出しています。また奈良町そのものはこんなところですよといった案内動画も作られており、私自身はそもそも奈良町を知らないので「ふむふむ、こんな感じのところか」とこの動画ではじめて街の様子を知った次第です。動画ではコンサートの詳しい内容が紹介されていないことからもわかるように、古民家だけではなく意識的に付加価値を探して喧伝しようとする姿勢が見られます。通常コンサートは外界から仕切られた閉鎖的な空間で行われることから、このように街や地域を演出の中に取り込むことはとても発展的なことに思えます。こういったことはたとえば瀬戸内国際芸術祭など地方の数ある美術展が以前から地道にやってきたことでもあり、音楽分野でも可能ではないかと思います。
《岡田智則 加藤和也 MIXTE MUSIC PERFORMANCE》
・2021年7月24日(土) 開演 14:00 開場 13:30
奈良町物語館(奈良市中新屋町2-1)
入場料:3000 円(予約・事前払い払い)当日:3500円
・リハーサル公開時間 7月23日(14:00〜17:00) 7月24日(10:00〜12:00)
・リハーサル見学料 いずれか1日のみ:700 円 2日通し券:1000円
〜プログラム〜
・中継のサクソフォン(作曲:山本裕之)
・マタイ受難曲受難(作曲:山本裕之)
・NY Counter Point(作曲:スティーブ・ライヒ)
・Night Bird(作曲:田中カレン)
・二重の影の対話(作曲:ピエール・ブーレーズ)
最後に私の曲について。《中継のサクソフォン》は「楽器の裏の音」をテーマにしたシリーズのひとつで、サクソフォンの「楽音以前の音」を組織して電気増幅させる曲です。加藤さんは以前この曲を演奏されているのですが、生で聴かせていただくのは初めてです。《マタイ受難曲受難》はミュージック・コンクレート作品、つまりサウンドトラックに固定された作品です。岡田さんはアクースモニウム奏者で、この固定された音楽の音像をミキサーでその場で操作するというものです。